デザインは、暮らしの中の情報や製品、空間について具体的な提案を行い、広く人間生活を支えています。デザインは芸術的な感性や表現力、あるいは技術的な基盤に支えられながら人間の生理や心理に配慮し、また、文化や社会、経済の枠組みとも関わりながら、人間の多様な要求に対して具体的表現によって応えていこうとするものです。それゆえに、デザインは、様々な領域を総合する性格を本質的に有しています。実際のデザインには、様々な専門領域があり、それぞれの専門領域が、その専門性を追求するのは当然のことながら、一方で、それらを総合する視点が必要であり、コラボレーションの確立が急務となっています。デザイン教育の現場においても、専門領域ごとに縦割り的に細分化された教育指導のメリットを生かしながらも、それらを横断し、総合する教育・研究手法が確立されねばなりません。また、デザインが、本来応用の学としての実学、実践であることからすれば、広く学外の産業や行政と連係し、現実を見据えながら、よりよい人間生活の形成に貢献してゆく必要があります。
千葉大学工学部デザイン工学科意匠系においては、上記理念を具体化する一助として、新たな授業科目「デザイン工学総合プロジェクト」を1999年秋より開設しました。この授業科目は、各研究室から推薦された学生によって構成されたグループが、1年半(新カリキュラムでは1年)に渡って、社会性のあるメインテーマのもと、学内外の専門家の助けを得ながら具体的なデザインにとりまとめて提案するというもので、卒業研究と同等の卒業要件を満たすものとして位置づけられています。この授業は、創成型授業科目として、従来の学習方式の枠を破り、1.できる限り主体的に考え行動する姿勢を養うこと、2.異なる価値観や専門性を有する人々による目的達成のための方法論探求と実践、を目的としており、現代の社会的要求に大きく応えようとするものです。そこで掲げられるメインテーマは、社会性があり、総合的アプローチが強く求められるテーマの中から設定され、参加学生による各種調査によって、包含されるサブテーマの中から、自分たちが挑戦すべき対象領域を選び、具体的なデザイン提案に結びつけています。また、その成果は、可能な限り権利保護の中で多様なメディアを通して公開しています。
高齢者を含め、私たちは生活の中で多様な環境に囲まれて生活しています。よって高齢社会におけるデザインを考えるときに、使用される環境のもとに相互の関わりを重視することが大切です。
一方で、高齢者が日常の生活に「張り」を持つことが健康維持に重要な役割を果たすといわれています。実際、新聞の投書などを見ると、趣味や仕事、おしゃべりに買い物など、実に主体的かつ積極的に活動し、それを、「健康の秘訣である」と自ら表現しています。これらの活動は、彼らにコミュニケーションの機会を与え、それがいずれ「生きがい」発見の手助けとなります。したがって高齢者支援を考えるときにコミュニケーションが重要であるといえます。さらに従来の老人だけで構成された施設ではなく、多世代複合型福祉施設に見られるような、世代間のコミュニケーションが高齢者の心身に張りをもたらすことが多いという点を重視する必要があります。また、世代間の交流は、コミュニケーション不足といわれる現代において、他の世代にとっても重要なことでしょう。
本提案では、基礎調査から得た高齢者がかかえる問題から、1.居住している地域環境、2.自身を取り巻く情報環境、3.住人によるコミュニティー環境、4.移動にまつわる環境の4項目に注目しました。これらの項目について総合的な観点から見直すために、生活環境そのものに着目しました。また、ある地域を仮想的にデザイン対象として設定し、地域計画全体を再構築しました。
さらに、時代背景として近未来である2005年を設定しました。2005年には、「高齢社会」は紛れもなく現実のものとなります。また、社会は情報化が進行し、高齢者にとって情報格差問題が深刻化することも予測されます。そこで本プロジェクトでは、多様な人々のための集住地域計画・情報ネットワークを、高齢者の生活環境を支えるものとして計画し、多様な人々のためのコミュニティースペースのデザイン・外出を促すデザインを、高齢者の生活を彩るものとして、コミュニケーションを起点に展開し提案しました。
研究は大きく分けて、文献・事例調査、分類・分析、企業やユーザへのヒアリング調査、ガイドライン・チェックリストの構築、それに基づいた提案という流れで進められ、その成果として主に3つのものが挙げられます。
第1に、ユニバーサルデザインの新たなガイドライン・チェックリストであるC方式、第2に、それらに基づいたデザイン提案、そして第3にデザイン支援コンピュータプログラムである、YOU-baseです。
YOU‐baseは、「Design for YOU」の考え方に基づいて構築された、ガイドライン/チェックリスト出力ツールで、これを使用することにより、デザイナーはアイデアの展開や絞り込みの参考データを得ることや、デザインの考え方の方向性統一を図ることができます。
また、外部の企業や団体ともインタビューや発表を行う等様々な形で関わり、卒業制作展覧会(リビングセンターOZONE)、協賛企業内でのプレゼンテーション、Universal Design Forum第18回研究会にてプレゼンテーション、Common Ground(England)にてパネル展示、2002ユニバーサルデザイン国際会議にてプレゼンテーション(英語)などを行いました。
21世紀に入って、私たちを取り巻く生活環境はさらに変化のスピードを増し、様々なことができるようになった反面、私たちの身の回りには複雑なモノが増えてきているように感じられます。そのような今だからこそデザインにおけるわかりやすさを見つめ直す必要があるのではないでしょうか。私たちは「わかる」ことを通してデザイナーとユーザが共感し合い、心理的な満足感や喜びを生み出していくことができるのではないかと考えました。
プロジェクトの活動は、「わかりやすさ」について考察を深めていった結果、ユーザの記憶や経験、文化的背景など多次元のソフトな領域、使用状況や対象物などのハードな領域の各要素が深く影響していることがわかりました。また、文献・実地調査より、「わかりやすさ」が必要とされているデザインの対象は、多岐に渡ると考えられます。そこで、より適切で具体的なわかりやすさを求めるために、対象物について4つのグループをつくりました。
社会のあらゆる局面で、コミュニケーションは重要視されています。これからのコミュニケーションはどうあるべきか、そのためにデザインには何ができるのかを考え、提案することを目的に、このプロジェクトは2002年10月、スタートしました。参加学生は20名、各専門分野の教員9名、合計29名のチームです。
6セメスター(3年次後期)から、コミュニケーションについての知識を深めるべく文献調査を行い、同時に、私たちの「体験に基づいた」コミュニケーションについて分析し、今後の提案のための基礎づくりをしました。ここまでの成果を、11月に開催の大学祭イベントとして展示、来場者の反応や意見を収集しました。
7セメスター(4年次前期)は、これまでに得た知識や問題意識をもとに、コミュニケーションの3様相についてまとめました。ここから、具体的なコミュニケーションシーンの想定から、4つのグループをつくり、作業を進めることにしました。4つのグループは、1)大学内コミュニケーション、2)購買活動におけるコミュニケーション、3)家族のコミュニケーション、4)地域におけるコミュニケーションです。8セメスター(4年次後期)は、それぞれのグループでの討議から問題を深化させ、具体的なシステムやかたちを考え、最終的なデザイン提案をまとめました。2004年2月、協賛企業の本田技術研究所和光研究所の方々にも参加いただき、学内で発表会を開催。さらに3月、学外展を渋谷にて行い、好評を博しました。
デザイン工学総合プロジェクト2006「教育ユニバーサルデザイン(以下CUDEP)」は、2004年10月から2006年3月までの1年6ヶ月の期間をかけ、参加学生15名に対し6名の教員が随時対応して進められました。本プロジェクトの趣旨は現在ユニバーサルデザイン(以下UD)が我が国でかなりの広がりを見せているにもかかわらず、教育現場ではその意識や成果があまり定着していないため、教育現場でのUDガイドラインの作成とこれに基づいたデザイン提案を行うことです。さらに、これらの提案が具体的な製品化につなげるためのプロセスを㈱内田洋行のご協力を得て学ぶことを目的としました。
まず、6セメスター(3年次後期)では、教育現場での問題点の把握を目的に千葉大学内に在籍する障害のある学生に関する調査、現況のUD製品の調査等をまとめ、千葉大学工学部祭に発表展示しました。更に、具体的な教育現場の実態と問題点を理解、把握するために、千葉周辺の小学校、中学校、高等学校のご協力を得てこれらの学校の調査を行いました。これらの結果をもとにUDガイドラインの作成を行い、これに基づく提案作業を㈱内田洋行のご指導も得ながら進めました。また、2005年11月に台湾国立雲林科技大学で開催された国際デザイン会議(2005 International Design Congress, International Association of Societies of Design Research 主催)に我が国のUD製品とUDガイドラインの現状分析に関する研究発表(英語)2件を発表しました。CUDEP最終作業では、教育ユニバーサルデザインガイドラインがまとめられ、約230の提案デザインからこの教育ガイドラインに対応した4グループ(1:誰でも「使える」教育UD、2:「使いたい」と思える教育UD、3:「遊び」の教育UD、4:「安全」の教育UD)、18のデザインがその検証作業とともに提案されました。なお、これらの提案デザインから2件のデザインが㈱内田洋行によって製品化されました。
以上、本プロジェクトでは、学生が出来る限り主体的に行動する能力を養う同時に、チームによるコラボレーションの能力を身につけることができたこと、フィールド調査による問題発見から問題解決(デザイン)、製品化までのリアリティあるプロセスを学ぶことができたことは大きな成果と考えております。